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生きるための涙
静かに
液晶を睨む左耳に
甥っ子の泣き声と
何かを主張する声が
響いてくる
彼の涙は
たとえば僕のような
生活に疲れ
失意に呑まれた
オトナの涙ではない
何かが叶おうと
叶うまいと
ただ、自分の願いを
がむしゃらに掴み取るため
「生きるため」 に
流している涙なのだ
彼と同じ歳から
数えて三十年
人間として
いかに生きることを
無駄にしてきただろうと
苦笑しては
みたものの
前に進むための
大切な何かを
僕はどこかで
見失ったらしい
とりあえず、今は
彼が何かを勝ち取って
あるいは何かに納得して
早く眠れるといいな、と
思った
小さなカラダに
この夏は応えるだろう
子供から学ぶものは
本当に多いな。
幸せな傍観者
連休ごとに
帰省してくる
弟夫婦と甥っ子が
今年も帰ってきた
会うたびごとに
できなかったことが
どんどん
できるようになる甥は
舌っ足らずながら
もう会話もできるし
飲食店のうどんを
フォークで掬って
神妙な顔をしながら
ずるずると食べている
冬がくれば
彼は、三歳になる
あっという間に
小生意気な
中学生くらいになり
あっという間に
下手な
遠慮などしながら
お酒を注いでくれる歳に
なってしまうのだろう
見違えるように
社会人としても
父親としても
立派に変身した
弟を、見てきた
今度は甥っ子が
弟を超えていく番だ
僕は
誰が行き過ぎても
笑いながら手を振る
傍観者にすぎない
それでも
甥っ子と遊ぶ時間は
僕を
少年に戻してくれた
時間よ、巡れ
セカイよ、変われと
少し投げやりに思う
そして
その中にいつでも
幸せを見つけられる
自分であれ、と。
無言のプレゼント
今日も
日射しを避けながら
近所のフードコートへ
昼食をとりに行った
何を食べようかと
さんざん迷い
ある飲食店の
立て看板に
書かれたメニューを
睨んでいたら
突然、僕の前に
小学校低学年くらいの
帽子を
逆さまにかぶった少年が
おどけて、変な顔をして
飛び出してきた
僕は、思わず笑い
しばらく少年と目を合わせ
少年が引っ込んだ隙に
また、メニューを睨んだ
数十秒くらい
少年は
何か思案していたけれど
またしても
飛び出してきた
僕は
二度目は意図的に
笑う素振りを隠してみた
すると
なんと彼は
別の振り付けを考え出し
その、へんてこなポーズで
僕の視界に飛び込んできた
完全に僕は負けて
大いに笑ってしまった
彼も笑っていた
そうしているうちに
改めて感じた
人間は本能的に
「他者を喜ばせたがる」
生き物なのだと
彼がくれた笑いは
食事が済んでしまうまで
僕のカラダに
ずっと響いていた。
移りゆくもの
目を覚ました深夜
真っ暗な部屋で
1.5リットルの
ペットボトルを抱えて
ベッドに腰を下ろした
「一日が始まる」 という
実感が掴めない
そんな気持ちだけが
静まり返った部屋に
ゆっくりと放たれては
消えていった
カーテン越しの窓が
朝の光で明るくなり
玄関のドアの音が
慌ただしく聞こえて
否応なしに
今日が走り出す
僕は
仰向けになって
脚を組んだまま
じわり、じわりと
忍び寄ってくる今日を
どうやり過ごすか
そればかりを考えていた
時計の針は速い
人のこころも。
一瞬を賭して
泥のように眠り
目を覚ました夏の夜は
地球上にたったひとり
呼吸しているような気がして
平和な孤独を持て余す
居場所があるような
無いような暮らしのなかで
自分の生きてきた道は
間違ってはいなかったかと
ただ、それだけを
繰り返し心に問うとき
目の前に開ける景色は
美しく、とても美しく
けれど
すべてがモノクロームで
無機質にこの世界の
本質をさらけ出しながら
鈍く光を放っている
大切なのは
生きていることではなく
生きること
この一瞬を賭して
つまならい未来の幾年分を
色彩豊かな今に変えて
輝かせてみせること
少なくともそれは
目の前の死んだセカイより
ずっと人間的で
刹那的で、情緒的で
僕らしいものに違いない
訳もわからず
涙が溢れる寝起きに
思うのは
たとえば、そんなこと。
深夜の渇き
コップに入った水を
ひと思いに、飲む
「ああ、そうか」 と
何が分かった訳でもなく
秘かに、呟く
昨日、今日と
幾分涼しい時間が
僕の周りに
それでも
絡みついていた
夜になったら
そればかりを思い
安いゲームに耽り
いよいよ
眩暈がするほどに遊んで
迎えた夜には
やることも無く
モニタの細部まで
色の無い目で
ちらちらと見て回って
何を納得したのか
一段落したような気がして
水を飲み干した
おそらく、そんなところ
そして僕は
ついに気付いてしまう
生活者としての僕を
怜悧な目で眺める
傍観者としての僕に
だから喉が渇く
ああ、そうか。
アンニュイ
目を覚まして
点滅する携帯から
天井に視線を移すと
カーテン越しの夏の光に
光と影が混ざって
静かなグラデーションを
映し出していた
時計の針が
視力の無い目に
一本、滲んで見える
ああ、12時か
そう呟いて徐に
布団を脚で壁際に寄せ
横になったまま
大きく背中を反らせて
伸びをする
少年の声、車の音
色とりどりの生活音
一人きりの部屋
まるで
時間を気にすることなく
恋人と戯れて
怠惰に遊び眠ったあとの
午後のようだった
力が抜けたような
深く長い溜息を吐いて
ふと、横を向いて見ると
やはり誰も居ない
僕はそのまま
また、天井を見上げる
誰かと目覚めた朝は
よくこうやって
額に手の甲をあてたまま
ポツリ、ポツリと
他愛のない会話を
二言、三言交わして
「今日どうするの?」
などと聞かれても
「どうしよう」 と
無責任な返事をして
束の間の平和を
引き伸ばしては貪った
まさか、一人きりで
この空気を味わうとは
一日の始まりから
調子が狂ってしまう
アンニュイ
これは救われないな。
深呼吸
誰も彼もが急に
自分より賢く見えて
気後れする夜は
明かりを消した
真っ暗な部屋に立ち
ゆっくりと大きな
深呼吸をする
過去に縋って
後ろを向いた自分に
何かを
生きるための何かを
継ぎ合わせなければ
いけない
今まで、それは
恋であり、友情であり
夢であり
見るからに
美しいものに違いないと
思い込んでいたけれど
案外
コップ一杯の水や
ドアを開けて
最初に吸う空気や
身の回りに
昔からあるような
簡単なものかも知れない
時間も、笑顔も
まだまだ余裕がある
きっと大丈夫。
平凡な毎日
気紛れに止まる
空調の音が
いくつもの迷いで
満たされた部屋に
静寂を誘い込む
平凡な今日が終わり
明日が来る
たったそれだけを
怖がる僕が
フラフラと横になり
枕の高さを悩んでは
壁に沿って
小さく丸めたカラダを
さらに小さくする
明日が始まることに
疑問を抱かない人や
文句を言える人は
幸せだと、思う
ただ迷い、恐怖し
惨憺たる心持ちで眠る
僕のような人が
今年はこの国にも
たくさんいるだろうから
冗談や偽善ではなく
みんな幸せであれ
毎日よ平凡であれ、と
強く願うこめかみを
枕に押し付けた。
前髪の注文客
胸下で
ワンレンに揃えた
髪の扱いに
この夏になって
少し難渋していたので
今日
病院の帰りがけに
美容室へ寄って
10cm以上も
バッサリと切ってもらい
左右の前髪を
作ってもらった
試しに括ってみると
確かに
前髪があるほうが
気分的にも、見た目にも
すっきりとしている
伸ばすのも
貴重な体験だけれど
こんな長さを切ったのも
恐らく
生まれて初めてだろう
自分の頭に
昔から生えているものだけで
こんなにいくつもの
初体験を
経験できるとは
夢にも思っていなかった僕は
思春期の生徒のように
髪と手鏡を付き合わせ
あれこれ思案しては
ひとり納得していた
人の髪型を創る
美容師さんというのは
本当に器用な人たちだと
心から思った。