湿度 52%
適湿になると
示し合わせたように
エアコンは動きを止める
「適切」 などという
言葉を聞くたび
この社会で適切なものなど
いったいどれ程あるのかと
僕は
自分自身の見るもの
五感のすべてを疑ってしまう
何もかも不適切
何もかもが、紛い物
見失った
「生きる資格」 を取り戻す術を
僕はまだ
見つけられない。
Wish You A Happy Life
降り積もる 雪に未来を 踏む私
湿度 52%
適湿になると
示し合わせたように
エアコンは動きを止める
「適切」 などという
言葉を聞くたび
この社会で適切なものなど
いったいどれ程あるのかと
僕は
自分自身の見るもの
五感のすべてを疑ってしまう
何もかも不適切
何もかもが、紛い物
見失った
「生きる資格」 を取り戻す術を
僕はまだ
見つけられない。
そして結局、僕は
見飽きた天井を
今またこうして見ている
部屋を一歩でると
街のあちこちに潜む
得体の知れない
透明な悪意に睨まれ
指先が凍り付くほど
何度も石鹸で洗ったくらいでは
僕は、綺麗にはなれない
耳の奥に
ヘッドホンを押し込んだ
深く、もっと深く。
動きはじめた街の匂いが
天井を見つめる僕に届く
マンションの階段を
足早に下りてゆく靴音
どこかの家のドアが閉まる音
走り始めたクルマの音
鳥の声
何もかも
これから始まる街の中で
まるで僕だけが
昼の光を拒絶して
眠ろうとしているように
思えた
少しくらい家事を済ませて
それから寝ても悪くはないと
つい眠るタイミングを
逃してばかりいる僕は考え
もう少し
眠気が増してから寝たほうが
よく眠れるに違いないと
都合のいい言い訳を始めた
そうして
とりあえず、天井観察は
ひとまず、お預けになった
珍しくおなかも空いているので
買い出しに出てから寝るとして
僕はまた徐に起き出し
エアコンを入れ
切ったばかりの PCの電源を
片っ端から入れ直す
眠れないのか
僕自身の意志で起きているのか
恐らく
約、その半々なんだろう
今日も一日
予定は特に無い。
カーテンの向こうが
ほんのりと明るい
特別に何をするわけでもなく
モニタを眺めていたら
時間は飛ぶように過ぎる
打ち上げの帰りだと
高校生の友人から着信があった
ネットワークの中ではなく
手に触れられる距離で
人間関係を
日々、体感していた
遠い昔を思い出した
今日もまた
効かないクスリと格闘して眠り
食欲も無いのに
何かを
食べなければならないと思うと
それだけで
ウンザリしてしまう
時間なんて
止まっていればいいのに。
もし
宇宙の果てまで
そうでなくとも
せめて
地球の裏側まで逃げて行き
そこで
生活することができたなら
人生は変わるだろうか
違う人と接し、違う物を食べ
違う言葉を話したら
僕を縛り付けて離さない
この鬱然とした気分は
何か他のものに
形を変えるだろうか
いつもの倦怠感と
鈍い偏頭痛に呼応するように
心の中の何かが
じんわりと痛んだ。
朝 6時過ぎ
朝の光が
カーテン越しに差し始めた部屋で
父の出勤する音を聞く
予想通りだ、と
おもむろに起き出し
PCの電源を入れながら
僕は、心のどこかで小さく安堵した
そうしている間にも
身体の疲れはピークを迎える
すべてのマシンに
バックアップを仕掛けると
ベッドサイドの薬の山から
適当に何錠かを飲んで
僕はまたベッドに横になった
3時間程度でも
眠れたら楽になるのに
寝よう、寝よう、と
思っているうちは
無理だろうな。
メールを打とうと
開きかけた携帯を
少し躊躇って閉じた
同時に
この説明のできない
理不尽な人恋しさが
母を失った余韻であると
僕は
認めざるを得なくなり
その直後
訳の分からない苛立たしさが
自分に向けて込み上げ
ペットボトルの水に
手を伸ばした
生きているものが
例外なく、必ず死ぬということを
納得できるまで
一体、何年かかるのだろう
その途方もない時間の長さと
いよいよ勢いを増した
孤独感を前にして
暗い部屋の中、一人
言葉を無くした。
目を覚まし
手探りで掴んだ携帯の
液晶に表示された時刻を見て
僕は目を疑った
どうやら丸一日
眠り続けていたらしく
始まったばかりの一日は
たった数時間で
夕食時になってしまった
花粉のせいか
ウツのせいなのか
起きて数時間たっても
全身は重く、怠く
たとえ朝、目覚めていても
何もできなかったに違いない、と
口先だけの言い訳をしながら
僕は、夕食を済ませた
見慣れた部屋の中も
窓から眺める道路や木々も
何もかもが
無味乾燥として見える
今夜、眠れるのか
そんな事も
もう、どうでもいい。
ここの所
すっかり暖かくなり
夜は 24℃に
設定していた暖房も
20℃~22℃ に落とし
それでも
暑く感じる時には
送風運転を
するようになった
あれほど買い込んだチャイも
いつの間にか棚から消え
最近は
温かい飲み物ではなく
ミネラルウォーターばかり
飲んでいる
こうやって季節は
去年と同じ速さで進むのに
僕の心は、今も
大きな別れに穿たれた日で
静止している
敬愛する母と別れた日
そして
常に健全で自信に満ち
この世界をも
手玉に取るかのように
悠々と
人生に向き合っていた
自分自身と別れた日
止まったままの僕は
次の季節を知らない
キーボードや携帯など
デスク周りのものを
投げやりに除菌しながら
「明日の僕」 を
全く思い描くことが
できない自分に
理由のない
大きな失望と
空虚を感じた。
広い公園の芝生に並ぶ
まだ咲かない桜の木々を
助手席の窓から
無機質な目で眺めた
写真をたくさん撮って帰り
母に見せると
とても喜んでくれた桜
この春は
桜を見せる人はいない
それでもひとり
桜の下を歩く気には
とてもなれなかった
美しい桜の木々は
たくさんの思い出と共に
僕を壊すだろう
その花が散るように
僕の夢も、孤独も
散ってしまうから。