音のない深夜
特にきっかけもなく
母を思い出す
どうしてだろう
息をひきとる前
母が闘病したのは
ほんの数年間で
僕と過ごした時間は
それよりも
ずっと長いはずなのに
頭に浮かぶ母は
晩年の面影ばかり
ぼんやりとした目で
僕を見ては笑う
動かない手で
ピースサインをしてみせる
そんな母ばかり
そんな母の日常を
思い出していると
「呼吸が苦しいから」 と
入院を決めた母は
あの冬の日
「旅立つ覚悟」 を
決めたのではないか
そんな風にさえ
思えてきて仕方がない
自らが息絶える
その前日まで
ニヤニヤと
口元に笑いを浮かべ
お茶の飲ませ方が
下手だと文句を言う
あんな平凡な
日常の空気の中で
僕もいつか
死んでいきたい
しあわせだったよ、と
その場にいる人に
笑みを見せながら
立派に生きている人は
たくさんいるけれど
立派に死んでいく人は
きっと
少ないだろうから
もう少ししたら
また、冬が巡る
別れの季節は
哀しみも深いけれど
冬が待ち遠しい。